リスク管理時代の広報論 8 /ゼロイン・コラム
第八回 真の企業理念とは
広報コンサルタント 宮之原博之 on zero-in
「義」にこだわった鳩山大臣
日本郵政の社長人事をめぐり、いわゆる「鳩の乱」を起こした鳩山前総務相。彼が主張する正義は聞き入れられず、結果的には本人が事実上更迭されるという憂き目に合ったが、組織の中で「義」というものは甚だ通りにくいものだ、とあらためて思い知らされた。
私の故郷、鹿児島には「義を言うな」という言葉がある。親の方針や、学校など社会組織の矛盾に異議を唱えようものなら、目上の者から決まってこの言葉を浴びせられた。「義」をふりかざすとロクでもないことになる、といった封建的な土地柄ならではの戒めの言葉である。
組織であれ、個人間であれ、「どちらが正しいのか」をめぐり、日常的に大なり小なり論争が勃発するものだが、ほとんどの人が「自分こそ正しい」と思っている。それだけに、真の正義はどちらなのかを決めるのは、なかなか難しい。共通の道徳観を除けば、ものごとに対する人々の価値観はまちまちで、利害の対立によるものであれば、もはや「義」をめぐる論争とは程遠いものになってしまう。
危うい利害本位の価値基準
価値観の混沌は、企業の生命すらおびやかしている。経営や広報を論じる際、「ステークホルダー」という言葉がよく登場するが、ステーク(stake)とは元々「掛け金」のことで、それを保有している人がステークホルダーだ。転じて、企業を取り巻く様々な種類の利害関係者という意味であり、株主、従業員、顧客、取引先、地域社会などを指すのだが、いずれにせよ、「利害」という観点に沿って括られた概念である。
あまり指摘する専門家はいないが、実はこの概念こそ、企業を正しい方向に導く上で障害になってしまうのではないか、と私は危惧している。なぜなら、価値判断の出発点が「利害」であるならば、組織として「あるべき姿」を本当に追究できるのか、あまりにも危ういからである。
企業のレピュテーション(評判)やブランドイメージの向上を図るとき、ステークホルダーの満足度や彼らの間に起きる「利害対立」の調整に重きを置いてしまっていては、その企業が「何のために」存在し、「どのようにして」社会に貢献していくのかという根本的な理念追究がますます軽視されていくだろう。本来、「大義」は「利」を以って掲げるべきではない、はずである。
「理念経営」を追究するワタミ
先日、ワタミの株主総会に参加した。代表の渡邉美樹氏は、今や「飛ぶ鳥を落とす勢い」のカリスマ経営者であることは周知の事実だが、成功して脚光を浴びるほかの若手企業家とは明らかに違う点を目の当たりにした。彼は「株主の方を前に言うべきことではないですが」と前置きした上で、「経済性と環境保護という、相反するテーマに対してどちらを優先するかといえば、環境を優先したい」こう述べたのである。つまり、利益追求より、存在するための「前提」を重視すべきだという考えだ。
経済と環境の両立、などと生半可なことを言わないところがいい。世界中の人々から「ありがとう」と声をかけられるために事業を展開しているだけだ、という。社員教育でも「恕」(おもいやり)を念頭に、「人のしあわせをどれだけ実現できる自分たちでいられるか」を行動指針としている。一見、理想論を謳いあげているかのように思えなくもないが、経営している介護施設を回り、少しでも多くのお年寄りの笑顔を作り出したい、と渡邉氏自らが汗を流して奔走する姿を映像で見て、嘘ではないな、と確信した。
大切なのは、利を求めることではく、理を究めること。渡邉氏はそれを「理念経営」と呼ぶが、多くの企業は「利念経営」に埋没しているようである。
「人間性」を起点にした「企業性」の確立へ
論語の中に「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る」という一節がある。「義」とは人としてなすべき道理であり哲学である。最近、社会貢献活動(CSR)を企業PRの道具と思い込んでいる企業が目につく。利益誘導型のCSRであれば、結果的に社会のためにはならないので、早々に撤収することをお勧めしたい。「義」を確立させている企業であれば、わざわざCSR活動を強調しなくとも、消費者は、その企業の存在そのものを社会貢献として認めてくれるはずだ。
企業哲学は、自然に発生するものではなく、創業者の「精神」が核となって体系化されるもの。つまり、「人」なくして成立しないのである。M&Aによって成長した企業は、おおかた「人の意思」ではなく「組織としての手順」を優先する傾向にあり、そのため実質的には、理念・哲学のない「無宗教的」集合体といわざるを得ない。また、「人」を核として成長した企業であっても、その「人」に道徳心が欠けていれば、いわゆる「不祥事」を引き起こす問題企業になってしまう。
何事においても「人間性」ほど大事なものはない。ワタミの成功は、渡邉氏個人の「人間性」によって導かれたものだとすれば、今後は本人も語っているように「企業としての人間性=企業性」を高めていかなければならない。事業に関与する人々全体で「義を以って何を為すべきか」を追い求める意欲が、企業の社会的価値を引き上げる源泉になっていくのではないだろうか。
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