高垣龍也
2019年は、アニメ「機動戦士ガンダム」が放映を開始してから40年の節目であった。その後のロボット作品に多大な影響を与えた「ガンダム」は,現在に至るまで様々な作品を生み出し続け,今も少年の心を掴み続けている。当然のことながら,「ガンダム」はあくまでもフィクションであり,登場するロボット=モビルスーツなどの兵器は架空のものである。しかし,放映開始から40年という月日の中で,現実の科学技術も大きな進歩を遂げ,かつてSF映画やアニメで描かれた技術が現実のものとなり始めている。
防衛白書に登場した「宇宙戦争」
昨年9月,防衛省より令和元年度版防衛白書が公表された。今次白書では,宇宙やサイバーといった新たな領域において,各国が安全保障上の優位性を競い合っていることを指摘している。同白書の「宇宙空間をめぐる安全保障の動向」の項では,対衛星兵器(ASAT)を開発している国家として中国とロシアを例示し,「キラー衛星」や「指向性エネルギー兵器」などの開発を進めている可能性に言及している。「キラー衛星」とは,他の衛星への直接衝突やロボットアームによる捕獲などの物理的攻撃能力を保持する衛星のことで,「指向性エネルギー兵器」とは,電磁波や素粒子といったエネルギーを衛星に照射し,対象衛星の機能を喪失または破壊するレーザー兵器である。
こういった兵器は,これまでSF作品の中で数多く取り上げられてきた。「ガンダム」の世界においても,「ビームライフル」というエネルギー兵器が主要な装備として登場する。白書で言及されているレーザー兵器は,アニメやSFで描かれるような相手を直接的に破壊する派手な兵器ではなく,電磁波などを照射することによって対象を機能不全に陥らせる兵器である。しかし,各国が宇宙技術の開発を競っていく中で,アニメの世界に登場するような兵器が現実に現れる可能性は確かに存在する。
原子力エンジンからモビルスーツへ
前述したように,中口は宇宙空間で自らの軍事的優位性を高めようと画策している。これに対抗し,アメリカのトランプ政権は,宇宙開発事業の強化を進めるため,有人月面探査の再開というミッションを打ち出した。さらに,アメリカは火星の有人探査という将来的な目標も立てている。 ただ,従来のロケットエンジンでは,地球のすぐ側に浮かぶ月に人を送り込むことは可能でも,より遠くに位置する火星にたどり着くことは難しいと考えられている。 この問題を解決するため,米航空宇宙局(NASA)では,旧来のロケットエンジンに代わる推進手段として,原子力エンジンの研究・開発を急ピッチで進めている。
そもそも,原子力エンジンの研究自体は1960年代には始まっていたが,膨大な開発費や安全性の問題,冷戦終結に伴う宇宙開発熱の低下により,‘研究は縮小していた。 しかし,アメリカが見据える将来的な宇宙開発方針を進めるためには,原子力エンジンの実用化は急務であり,開発速度の加速がいま求められているのである。実は,原子力エンジンの仕組み自体は,非常に単純なものである。小型原子炉の炉心に液体窒素などの燃料を当てることで高温のガスを作り出し,それをノズルから噴出することで推進力を得る仕組みだ。このような仕組みのエンジンを「熱核ロケットエンジン」と呼び,実現がもっとも有力視されている。
熱核ロケットエンジンの最大の特徴はそのエネルギー効率の良さである。現在広く使用されている,燃料と酸化剤を燃やして発生したガスを噴射する形式のロケットエンジンに比べ,熱核ロケットエンジンは2倍以上の燃費効率を有する。つまり,同じ量の燃料でより速度を出すことができるのである。また,原子力エンジンは移動のための推進力だけではなく,目的の惑星における探査活動のためのエネルギー源ともなる。
特に,月や火星より太陽が遠く,太陽光パネルを活動用の動力源とすることが難しい木星以遠の惑星では,原子力エンジンのエネルギーは有効となるだろう。人類がこの先,宇宙へ本格的に進出するにあたって,原子力エンジンの技術が必要不可欠になることは間違いない。
原子力エンジンは「ガンダム」の世界の実現にも欠かせないものである。「ガンダム」に登場する人型機動兵器=モビルスーツは,概ね50トンの重量を有しており,縦横無尽に動くには莫大なエネルギーが必要である。そうしたエネルギーを,モビルスーツは原子力エンジンを以て生成しているのである。つまり,原子力エンジンの開発は,モビルスーツの開発に続く道なのである。
空想と現実を埋めるもの
もちろん,ロケット用原子力エンジンを開発すれば,すぐにモビルスーツが開発できるわけではない。まず,現在研究されている熱核ロケットエンジンは,前述したように原子炉で作ったガスによって推進力を得る仕組みだが,モビルスーツは電力で駆動するため,原子炉で生成したエネルギーを変換しなければならない。また,現在実用化されている原子炉は,核分離反応を用いてエネルギーを生成しているのに対し,モビルスーツに用いられる原子炉では,核融合反応が用いられる。核分裂炉は,ウランやプルトニウムなどの原子核に中性子をぶつけることで原子核を分裂させ,発生するエネルギーによって発電機を回して電力を生み出している。
一方,核融合炉では,原子核同士をぶつけて融合させることで新たな原子核を作り,融合時に発生するエネルギーを電力へと変換する。核分裂炉に比べ核融合炉はに放射能の排出が少ない,核暴走の危険性が(原理的に)存在しないなどの利点がある。一方で,核融合炉では,本来反発し合う原子を融合させるために「プラズマ状態」を作り出す必要があり,作り出した「プラズマ状態」を安定させるには;1億cCをはるかに超える環境が必要とされる。そのため,核融合炉には,巨大な施設と莫大な予算が求められる。
そもそも,核融合炉の実用化については,現在,日本を含む各国が共同で研究している段階である。また,核融合炉にはサイズの問題もある。現在フランスに建設されている核融合炉は,直径26 m,高さ14.5mという非常に巨大な施設であり,これを全高18~20mであ・るモビルスーツに搭載可能なサイズまで小型化する必要がある。ちなみに「ガンダム」の世界においては,核融合炉が必要とする「プラズマ状態」の安定化,核融合炉の小型化を「ミノフスキー粒子」という架空の物質を用いることで成功させている。
宇宙戦艦への道
しかし,我々の世界好「ミノフスキー粒子」が存在する可能性は低いため,核融合炉の実用化及び小型化には,未だ数十年の時を必要とするかもしれない。しかし,「ガンダム」の世界には,モビルスーツよりも実現が早いと見込まれる兵器がある。「ガンダム」の世界において,モビルスーツの登場以前に宇宙空間における主戦力とされていた兵器「宇宙戦艦」である。
その名のとおり,宇宙空間で用いられる船舶である宇宙戦艦の推進機関は,熱核ロケットエンジンである。これは現在開発が進められている原子力ロケットエンジンと同様,あるいは延長戦上にあるものと考えられる。更に,「ガンダム」に登場する宇宙戦艦「マゼラン」や宇宙巡洋艦「サラミス」は,全長250m前後,全幅70m弱であり,原子炉に要求される小型化の度合いがモビルスーツに比べ格段に低い。2017年8月,NASAは新たな「原子力ロケットエンジン」の実現に向けた技術開発を始めると宣言した。
高度な原子力技術を持つ米国企業と共同開発し,約3年でエンジンや核燃料の設計,試験の実施を目指すと述べた。来年2020年には,ある程度の進捗状況が見えてくるだろう。また,2019年3月,ロシアの国営宇宙開発企業ロスコスモスが,2010年より熱核ロケットエンジンを用いた宇宙船の研究開発を進めていたことを公表した。かつて冷戦時代に熾烈な宇宙開発競争を繰り広げた米口が再び本格的に宇宙に進出しようとしているのだ。さらに,冷戦時代と違い,現在は中国やインドといった新興国も宇宙開発に続々と乗り出している。人類が宇宙空間に本格的に進出する時代は確実に近づいている。現在「ガンダム」に心奪われている少年達は,モビルスーツが現実に動く姿をいつか見ることが出来るかもしれない。
40年前に「ガンダム」を見ていたかつての少年たちは,とりあえず宇宙戦艦の実現に期待しよう。
○高垣龍也
大学卒業後,調査会社に勤務し,IT関連の経済動向調査に携わる。現在はフリーとなり,政治・経済動向や趣味の科学技術に関する論文・レポートを執筆している。