特別天然記念物「トキ」をめぐる動きについて

ライター 末野由広

政府は3月30日、新天皇即位に伴う式典準備委員会第3回会合を開き、「即位礼正殿の儀」を10月22日に行うとの基本方針を決定した。これに先立ち、来年5月1日には、「剣璽等継承の儀」が行われ、皇位が継承される。いよいよ平成の世が終わる。

さて、タイトルを「トキ」にしておきながら、冒頭から新天皇即位の話で唐突感があるだろう。しかし、あまり知られていることではないが、実はトキと皇位継承には深い関係が ある。

トキは、主に日本や一部地域の中国に生息するペリカン目の鳥類の一種である。かつては東アジア全域に生息していたありふれた鳥であったが、近年の乱獲や開発の影響で著しく個体数を減らし、野生種では中国の一部地域のみに生息するまでとなってしまった。日本原産の野生種は残念ながら、最後の「キン」が死亡したことで2003年に絶滅してしまった。現在、中国との協力の下、新潟県などで飼育・保護されており、平成27年1月時点で日本国内には341羽の生存が確認されている。

話を戻すが、このトキが何故、皇位継承に関連しているのか。それは、天皇即位の儀式において、トキの羽根があしらわれたとある神宝が用いられるためである。

20年に一度の神宮式年遷宮。その際、伊勢神宮では社殿のみならず、中に納められている神宝もまた新たに新調されることになっている。その神宝の中に、須賀利御太刀(スガリノオンタチ)と言う一振りの剣がある。金や玉石、緻密な装飾があしらわれた煌びやかな宝剣である。作成にあたっては、平安時代に編纂された法令集「延喜式」に則った方法でなされるのがならわしである。

第4巻19条「神寶廿一種」の項目には、<須我流横刀一柄。柄長六寸。鞘長三尺。其鞘以金銀泥畫之。柄以鴾羽纏之>(須我流横刀1振り。柄の 長さは6寸。鞘は3尺。その鞘には金銀泥を用いて模様を描く。柄には鴾の羽を纏わせる)と記載されている。ここで言う「鴾(ツキ)」とは、トキの古名である。延喜式はトキの羽根の使用を明確に規定しているわけだ。

前回1993年の式年遷宮では、日本原産のトキの羽根が使用された。その際、国内の篤志家が保管していたトキの羽根を提供したという。直近の2013年の際にも、一度は、同じく保管されている日本原産のものを使うとの話があったようだが、経年で色褪せていたため、やむなく人工繁殖中のトキの羽根を使ったそうだ。

残念ながら、日本原産のトキは既に絶滅してしまったが、たとえ中国から提供されたつがいの子孫であっても、莫大な予算を充てて日本が繁殖事業に注力す る理由はここにある。トキが絶滅し、羽根を入手することができなくなれば、古式に則った皇位継承は困難になろう。

現在、徐々にではあるが個体数は増加傾向にある。しかし、今後の繁殖事業を考えれば、DNAの多様化は必須となり、そのためには、中国との協力はより一層必要となる。
本年1月に開催された日中外相会談の際、河野外相が王毅外相に対してトキの提供を要請していたことが後に明らかとなった。河野外相は3月23日の記者会見の席上、「何かやり取りがあったような気がします。トキについてはDNAがもう少し多様化しなければいけないような話だったのではないかと思います」と言葉を濁した。
来年にはいよいよ平成の世が終わる。これに向けて、新たな位相においても、日 本と中国のせめぎ合いか始まるかもしれない。

●末野由広
  研究者を目指す傍ら日露関係など日本周辺の安全保障をテーマに筆を執る物書きの端くれ。不定期で気ままに寄稿を続ける。趣味はバイクと写真。いつか“オンボロ”の愛車でユーラシア大陸を横断することを夢見る。
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